2012年7月31日火曜日

同志

長らくブログをお休みしてしまい、すみませんでした。


五月に母が他界しました。

私の中では色々な感情があり、その都度、整理できているつもりでしたが、こうして文章にしようと思うとなかなか進まず…今まできてしまいました。
あまりにも急なことで、周りの流れに自分の気持ちがついていけなかった二ヶ月間でした。


私にとって母は、とても大きな存在で、食に関しても同じ思いで夢を語ってきた"同志"でした。

母は、昔から思ったことを即行動にうつす人でした。食養を始めた時も、それまでうちで作るより、外食や買ってきて食べることが多かった食生活を、スパっとやめ、調味料も素材もいいものに変え、玄米菜食に切り替えました。
本人は、自分は素直なんじゃなくて、最初は、これで体が良くならなかったら(教えてくれた人に)詰め寄ってやる!くらいの勢いで、始めたようでした(笑)

今振り返ってみても、母の人生は体当たりでした。
何でも考えるより先に行動、自分でやってみて結果を出すこと…の繰り返しだったように思います。


本人がよく言っていましたが、
『私の人生に後悔はない』
と…
よくも悪くも、思った通りにやってきた男らしい(笑)人生でした。


店を始めてからは特に、家族に対しても、ご縁のあった人たちに対しても、


『思ったことは今やることだよ。』


と言ってきました。
自分が思ってるほど、人生は長くないよ…と。

その言葉通り、母は私にも家族にも、その時思ったことを伝えるという関わり方を教えていってくれました。

嫌なことは言わない、我慢する、フタをして見ないようにする…家族の中でさえ希薄なコミュニケーションが当たり前になっていると感じる現代で、何が大事なのか…これから家庭を持つことになる私たちに、とてもシンプルで一番大切なことを身を持って教えてくれました。

思ったことをすぐ行動にうつすことは、口で言うほど簡単なことではないと思いますが、店を始めてからの母は特に、有言即実行でした。


母の死は、本当に急だったこと、年齢的に若いということ、食生活に気をつけていたのに…ということもあり、皆さんを戸惑わせてしまったことをお許し下さい。

道半ばと思われると思いますが、母は高橋あけみとしての人生をめいっぱい生ききったと私は思っています。


昼夜逆転の生活、暴飲暴食で体に負担をかけ続けた三十代、
体調を崩し食事で体質改善を始めた四十代、
自分の体験を通して食の大切さを伝えていきたいと挑戦をしてきた五十代…

その都度変化する体や環境に合わせて、食事や体のメンテナンス、トータルでバランスがとれていたか?と言われると完璧ではなかったと本人もわかっていました。
ですが、そんな中でも、母は食を通して、自分の体と心と向き合ってきました。今やっていることも、自分の過去の生活も、その時その時、すべて自分が選んできたことだから…と。
一番間近でみていて、その行動力と精神力、一本筋が通った生き方を私は尊敬しています。


家族で、母を漢字で表すと?と話したことがあります。



やっぱり男らしいんですね(笑)
みんなのイメージが共通していたことがすごいなと思いました。
それだけ、強烈に自分というものを示して生きるというのは、私は自分の人生振り返るとできてないな…なんて思ってしまいます。

一人一人と本気で関わって、そのやりとりの中でそれぞれに残っている言葉がある。母の姿がなくても、そのことは語られるのです。


『じゃあ、あなたは何をこの人生で残していくの?』

いま、そう問われている気がします。


それは、特別なことではない気がします。
毎日、おはようと言って家族と挨拶をかわす…
ご飯を作って、一緒に食事をする…
思っていることを伝える…


今与えられている、家族や縁のある方たちとの一つ一つの時間を丁寧に過ごすこと…
その日常が、例え肉体が消えてしまっても、一番の思い出になるんだろうと思います。


私が、家にいて思い出すのは、毎日の決まったリズムの中で、母と食事のときに交わした他愛ない会話だったり、
弟が仕事から帰ってきたときにおちゃらけて楽しく迎える母の姿だったり、
仕事終わりのゆっくりした時間に漫才みたいな掛け合いで笑い合ったり…
その瞬間瞬間の母です。


男らしい生き方ではありましたが、ここ数年の母は、母性と優しさの『お母さん』でした。


『食で人生変わったんだ』
とよく言っていました。

私たちの場合は、食を通して、自分と向き合い、生き方を考えさせられ、いろんなことが変わっていきました。

最初に玄米菜食を教えてくださったご夫婦、食を続けるきっかけとなった今は亡き…母のお友達、お世話になった…千坂先生、神田さんに出会えたことに感謝です。

そして、これまで母と関わってくださった方々へ…


【自分勝手に生きて'人'になりきれていない私が、食に出会って自分と向き合う中で、食事を始める前とは180度違う人生を生きることができました。
人と関わることが嫌いだった私が、人と関わり、話をきくようになり、皆さんのおかげで、やっと…人生の後半(も後半になってしまいましたが…(^_^;)
愛と感謝の心を知ることができました。
50からでも人は変われるんですね!
本当に感謝しています。
ありがとうございます。
一足お先にすみませんf^_^;)!

高橋あけみ】



二月に、店の裏に突然、桜の木を植えると言い出した母。

亡くなった後、母がお世話になった方が教えてくださいました。

桜の木は"パッと咲いてパッと散る…潔さ"の象徴と言われているのよ。


いつもテキパキ働いている姿をみていた私たちには急でしたが、母は感じていたのかもしれません。
断捨離して、身の回りのものはとてもシンプルに片づいていました。

私も…母のような生き方をしたいと思います。
そして、これから人生を歩んでいく上で、心強い同志がいることを忘れません。

高橋麻里